Studio O+A は有名テック企業のオフィスを手掛けてきたインテリアデザイン会社。その共同創業者Verda Alexanderの記事です。
この記事はオフィス・デザインだけでなく、SNS後のあらゆる分野のデザインについての課題のように思います。
Studio O+Aではプロジェクトを始めるときに、最初にPinterrestやInstagramのような画像サイトを参照しないようにデザイナーに通達されるそうです。
「他人のデザインを参照し続けていると、変化が少なくなります。少しでも新しいものを探し求めるべきです。」とのことです。
インターネットによってデザインは洗練されたと O+Aの共同創業者Verda Alexanderは語ってます。
「インスタ映え」するオフィスは、その企業とそこで働く人を魅力的に見せます。
そういうオフィスをデザインすることはクライアントの賛同を得やすくして予算を最大化させる健全な戦略だそうです。
その一方で、インスタ映えのような「一瞬の魅力」のデザインがエスカレートすることを危惧しているようです。
「私たちがデザインしている空間は「瞬間」ではありません。そこは従業員が日々を過ごす場所です。デザイナーとして、私たちは次のことを自問しなければなりません。私たちは美しく機能的な空間を作り出していますか?それとも単にインスタ映えする「瞬間」を作り出していますか?」
「2013年に私たちが取り組んだプロジェクトにおいて、いくつかの見落としていたことがありました。ベルベットやゴールドミラーなどの魅惑的なデザインのエリアがありましたが、労働者が実際に日々を過ごす職場の大部分は灰色で無地でした。これは、設計者が重要な領域、つまりエントランスや目に見える共有スペースに努力を集中することで予算を最大化させる戦略です。それは健全な戦略であり、長年にわたって私たちにとってうまく機能しました。また、クライアントの賛同を得やすくなります。クライアントは、これらの瞬間の1つに興奮し、プロジェクト全体を青信号にします。」
「環境に配慮したオフィスを志向する企業は、デザインの瞬間は最優先事項ではないと判断しています。」
「SNSやブログを見るのはデザイナーだけではありません。クライアントとその従業員も見ています。・・・私たちのクライアントは時々既存の期待を持っています。時には彼らはすでに自分の頭の中にオフィスをデザインしています。彼らは他のどこかで見たものを好むかもしれません。それは、そのクライアントの問題解決と、ユニークな文化を伝えることを目的としたデザインプロセスを混乱させます。」
「Studio O + Aに最初に真剣な注目を集めたプロジェクトを覚えています。これはパロアルトにあるFacebookの最初の本社であり、2010年に完成しました。・・・(Facebookオフィスをデザインしたおもしろい紆余曲折のエピソードがあって)・・・同じ年に立ち上げられたInstagramで他のデザイナーがデザインしているものをキャッチ・アップすることがなかったので、私たちはクライアントと一緒にその旅をすることができました。写真を作成するつもりはありませんでした。」
この儚い「一瞬」のための要望に答えることが、デザイナーを追い込んでいるような気がしています。
デザインのプロセスをショートカットして作られた一瞬の「映え」がのために、デザインの価値やモラルが低下していないか検証する方法があるといいかも。
元記事はこちら
Is designing for Instagram hurting design? | FastCo >>
30年間のビジュアルの旅の記録。ユーザーエクスペリエンス、ユーザビリティ、技術的なマイルストーンなどが、現在のインターネットにどのようにつながるのかを年ごとに紹介してるようです。
最初のドラッグ&ドロップナビゲーション。
最初のページめくりインターフェイス。
最初にシームレスに動画利用。
最初のバイラル。
最初のパララックス。
最初のYouTubeっぽいサイト。
・・・・など。
長くウェブの仕事をしてるのでノスタルジーとして楽しめますが、未知の領域でデザインしようとしたデザイナーたちの創造性を見ることもできるかも。
ここ数年のインターンシップや新人研修の話を聞くと、今の大学生はWEBやITをおもしろい仕事だとは思っていないようで「そうかもな・・・」と思うところがあります。
Web Design. The Evolution of the Digital World 1990–Today >>
イケてる企業のオフィス空間では、まずはフリーの食事があるダイニングルームを設けるようになったそうです。つづいて、遊び道具を置いたリビングルームを設けた。ランドリーを設けて、自分の自転車をメンテナンスするスペースも設けた。自分のスペースを自分で自由に設置できるようにもした。
本当にそんな設備が必要なのか?
自宅に帰って寛ぐこと、オフィスから離れることのほうが創造性と生産性に寄与するのでは?
そこで考えられたのが、適切な摩擦(フリクション)が設計されたオフィス空間だそうです。
その摩擦は強すぎても弱すぎてもダメで、適度であることが大切だそうです。
その摩擦は、下記の3つに分類されるそうです。
たたみこみ(Convolution)」これは数学用語で、一定の負荷といった意味のようです。
物事をスローダウンさせるための制御のようなもののようです。
「たたみこみ」は、私たちがしていることに気付くように働きます。それは私たちを遅くします。
「革命(Revolution)」は私たちにスピードアップさせるようなもののようです。
「革命」は私たちに自信を持たせること。「たたみこみ」とは異なり、それは物事をスピードアップします。
「進化(Evolution)」は私たちを拡張するものようです。
「進化」はオフィス機能の次のステップだそうです。
24h/7daysのオフィスから 8h/5days のオフィスへの転換だそうです。
まったく賛成です。
提唱しているデザイン会社はこちら
Studio O+A >><
元記事はこちら
Masha Manapov’s thoughtful illustrations deal with life’s delicate subjects >>
画面操作ではなくスマホ本体に対しての身体的なUIが特徴のようです。
このコンセプトはユーザーの身体的な方法でのスマホ操作によりスマホの機能やモードを簡単かつ意識的に切り替えることができるようになってるそうです。
それは「ユーザー自身のモード」がスマホ操作のために強制されることを防ぐことのようです。
Flip、Seesaw、Taper という3つのインタラクションが紹介されています。
■Flip
通話、チャット、撮影の最中に他のアプリに移動しなくてはならないときは、スマホを反転させるだけです。
ユーザーがいま行っていることをスマホの操作に邪魔されても、すぐに対応できるようにしているようです。
■Seesaw
スマホの背面が非平面になっています。
スマホを机上に置いたときには画面が傾いていて通知が非表示になっているが、スマホの片側を抑えて傾きを変えることで通知が表示されます。
ユーザーがPCで作業しているときにスマホに邪魔されないこと。ユーザーがスマホの通知を確認するときにもスマホ画面を操作しなくて済むようにしているようです。
■Taper
スマホ背面に通知と音声操作のためのサブスクリーンがあるようです。
メインスクリーンを見ないで操作できることはこのサブスクリーンで済ませるようにすることで「ユーザー自身のモード」を維持できるようです。
アップル、グーグル、サムソンで飽和状態の市場では、デザインの方向性も独占されています。
何か新しいことをするのは不可能です。
あえて、ローテクな要素を持ち込むことで機能満載のスマホに対応するコンセプトだそうです。
くわしくはこちら
Morrama Unveils Smarter Phone Concepts Developed for Wellbeing of Users >>
他のデザイナーとは違ったデザイン職の名前がほしいデザイナーのための職種名ジェネレーターです。
職名だけでなくデザイントレンドの呼称でもあるようですが、まったくわかりません。
もちろん風刺です。どの職名にもまったく意味はありません。
デザイナーの Xtian Miller さん、 Boris Crowther さんが作ったそうです。
「完璧な幸福のための方法論デザイナー」
「一般タイポグラフィデザイナー」
「ビジュアル戦略のためイライラするデザイナー」
「インクルーシブ・キュレーター」
「思索ジェダイ」
「複合現実デザイン監視員」
「ブレインインターフェイス素人」
おもしろいです。
もう「デザイナー」ですらなかったりします。
デザインの過程が細分化されて、何をするのかわからないような職名も増えた気がしてます。
デザインのデジタル化が進むと、デザインプロセスはデザイナーが一貫してコントロールできるようになることが恩恵だったと思うのですが、デザインが産業として成長するにはプロセスが細分化されて雇用が増えることも必要だということでしょうか。
Let this creative industry title generator choose your next job >>
デザインは映画における主演ではなくて、助演俳優のようにあるべきだそうです。
デザイン主導のカルチャーを背景に組織内で権限を与えられたデザイナーはたやすく「俺様」になって、協力者の理解を得られないまま一緒に取り組むべき関係者を疎外する傾向があるそうです。
デザイナーはリーダーではなく優れたチームメイトであることに集中すべきだそうです。
耳に痛い話ですが、いままでの経験からしても、デザイナーの気質のようなものを考えるときに思い当たるフシがたくさんあります。
とくに開発者と協調できないデザイナーはダメだと言ってます。
デザイナーが開発者よりも強い立場になった組織のプロダクトは弱体化する傾向があるそうです。
「Beautiful industrial design means nothing when paired with poor engineering.」
だそうです。
Airbnbのデザイン責任者であるAlex Schleiferによると、
「デザイン主導の文化は他の人々の意見や洞察を無視する傾向があると考えています。デザイナーが特別な扱いを受けないようにデザイン組織を構築しました。その代わりに、製品マネージャは完全にユーザーの視点を表すことを任務としています。」
だそうです。適切な対処かも。
企業内でデザイン部門がリーダーシップを発揮すべきと主張していたジョン・マエダが、かつての自分の考え方は間違っていたと語っています。これはとても勇気ある態度だと思います。
ほかでもない、この姿勢こそがデザイナーに必要なのかも。
驚くような新鮮味はない感じですが、時代の雰囲気ではあると思います。
1. セリフ書体の復活
2. モノクロ配色
3. オーガニックな形
4. グリッチ
5. マイクロインタラクション
6. チャットボット
7. (さらに)ビデオコンテンツ
8. (まだ続く)ミニマリズム
9. 親指フレンドリーなナビゲーション
10. 多様性
「グリッチ」はバグっぽいピジュアルエフェクトのこと。
この映画みたいな感じのことでしょうか。
【関連記事】映画『ブレードランナー2049』のテクノロジー・イメージをデザインする テリトリー スタジオ が描く壊れた未来
「マイクロインタラクション」はユーザーの操作にちょっとしたリアクションを添えるような感じでしょうか。
個人的には「マイクロインタラクション」は「親指フレンドリー」とセットで、ポケモンのエフェクトのようなものをイメージしてます。
「チャットボット」をどのようにデザインしてユーザー体験に貢献させるかは、かなり難しそう。
そしてこれから「多様性」は日本でも重要なテーマになっていくでしょう。
個人的にここに追加するとしたら・・・
シンプルな手描きのイラストとAppleのARKit2.0が流行りそうな気がしてます。
まったく根拠はないです。
元記事はこちら
10 innovative web design trends for 2019 – 99designs >>
日本語はこちら
デザイナーが押さえておきたい、2019年のウェブデザイントレンド10個まとめ【完全ガイド】 – PhotoshopVIP >>
この動画がただのコンセプトムービーなのか実機デモなのかわかりませんが、既存のテンプレートやサンプルから選択するのではなく、人が描くイメージを認識してアウトプットするアプローチはデザイニングにおいて画期的だと思います。
アウトプットされるコードに意味のある構造ができているわけではなさそうですが、この技術が実現したら洗練されていくのは速いでしょう。
これが実現したら、WEBデザインの一部が終わる気がします。
だいぶまえの記事ですが、読み応えあっておもしろいです。
アメリカのデザイン会社経営者による記事ですが、シリコンバレーからはじまった新世代のデザイナーを「失われた世代」としてUX/UIデザインの社会的責任やデザイナーの資質・役割・環境について指摘してるようです。
以下はいくつか意訳と抜粋で・・・(間違ってるかもしれません。)
「・・・私たちの世代はヒッピーに育てられて、欲望に消費されて、市場原理に支配されてきました。・・・(クライアントに対して) ”なぜ” と ”No” という言葉を使うことによって、デザイナーとしての倫理的な枠組みを構築してきました。」
「デザイナーは ”ゲートキーパー” のように、門を通って世の中に出て行く製品・サービスについての倫理的な監視役でした。」
「いまの世代のデザイナーは、より速く、より速く作業する方法を学ぶためにキャリアを費やしました。 確かにスピードは大切ですが、過剰なスピードは目的をぼかす傾向があります。 ・・・スピードと並んで、スケールの麻薬にも対処しなければならなりません。」
「私たちは、私たちを最も必要とする人々(ユーザー)を危険にさらしています。そのことにデザイン業界は責任を負おうとしていません。 この状況に ”なぜ” と ”No” という言葉を使わなくてはならないのでは?」
「”正しいことをしたいが、仕事を失うことになるだろう” という反論がよくあります。・・・倫理的枠組みは、賃金水準とは独立している必要があります。・・・仕事を失うことに対する恐怖はあなたが疑問を投げかけて挑戦すべきことに取り組む可能性を低くします。 これでは仕事をしていないのと同じことです。・・・デザイナーの失われた世代は、それを正しくすることを望んでいません。 彼らは自分たちをゲートキーパーではなく、ベルボーイだと決めたのです 。」
「私たちは危険なソフトウェアが、どのように危険なのか理解しはじめています。・・・私たちは責任を負う必要があります。私たちは速く動いて物事を壊してきました。目的に沿って壊したときもあれば、無知だったために壊したこともあります。どちらも同じことです。・・・スピードを落として、考えるべきときに来ています。私たちが壊しているものは、あまりにも重要で貴重です。その多くは置き換えできないものです。」
「労働者のために立ち上がる唯一の人は他の労働者です。・・・正しいことに取り組もうとしているデザイナーが可能性を失わないために、これからの若い世代のデザイナーには職能だけでなく組合が必要です。」
「なぜデザイン教育を美術教育の一環としているのか?・・・既存のデザイン教育プログラムがとても重要なことに変わりはありませんが、現代のデザインはあまりにも重要で、あまりに広範囲になっています。」
「(デザインに公的なライセンスがあるとしたら) 規制当局が、デザイナーは無謀で自分自身を規制することができないと判断したときに設定されるでしょう。これはデザイナーのためではありません。ユーザーのためです。私たちはあまりに速く動いて、あまりにも多くのことを壊しました。アマチュアの時間は終わります。」
プロフェッショナルというのはどういうことかを考えさせられる記事でした。
元記事はこちら
Design’s Lost Generation >>
Mike Monteiro さんのほかの記事もおもしろそうです。
先日、他のメディアでドールハウスなどのミニチュアを収集していたアーティストの記事について執筆していたMiyasaka Neonです。
昔流行ったシルバニアファミリーの家のより精巧に構成されたリアリティのある洋館を見た時、咄嗟に察したのが、私たちの見ている風景も「コピーペースト」ではという疑いでした。
あらゆるものに〇〇アートや〇〇デザインといった言葉が付帯された今日では、
意味合いと言葉に若干の認識の乖離があるようにも思います。
アートはギリシャ語においてテクニックを意味する「テクネ」でもあるようですが、
デザインには「リデザイン」という言語があるようです。
20世紀前半には高度に完成された「デザイン」が絶対的だったのに対し、さらにそれを最適化するに至るまでを「リデザイン」と呼んでいたようです。
果たして「リデザイン」なのか、どうかは分かりませんが、同じ家々が連続している新興住宅地などを見ると数学的な美しさと同時に「景観デザインのコピーペースト」のような、少し不気味な感じがします。
©Miyasaka Neon
人間が作り出したものの違和感と心地よさが表裏一体であることを意味しているような気さえします。
[参考情報]
リ・デザイン
http://artscape.jp/artword/index.php/リ・デザイン
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