お騒がせアーティストとしてのヨーゼフ・ボイスの姿を見ることができるドキュメンタリー映画。
内省的な作品イメージとは違って、映画のなかのボイスはユーモアと社交性とバイタリティに溢れています。映画にも少しだけ登場するウォーホルと同様にメディアと大衆を深く理解していたこともうかがえます。
有名なフェルトと脂肪の素材から「傷」というテーマはわかりやすくて納得できる感じでした。戦争によるPTSDもあったのかも。
昔好きだった「コヨーテ -私はアメリカが好き、アメリカも私が好き」の映像が見れたのもよかったです。
ボイスによる「芸術」の定義について考えさせられる、いいドキュメンタリー映画でした。
リオ、ロンドン、北京のような文化的なキャラクターは感じられず特徴に乏しい感じもしますが、わかりやすいデザイン。
無難であってもそれが正解ということでしょう。
アニメや絵文字をモチーフにしたピクトグラムだったらガッカリだったかも。
個人的にはもう少しディテールが省略されてるのが好み。
円のなかにおさめる「フレームタイプ」は海外の人には日本的イメージに見えるのかな。



どれも力強いグラフィックで見応えありました。
大日本印刷のギャラリーなのでポスターが中心の展示でしたが、CIやVIの仕事をもっと見たいところでした。
実物のポスターは初めて見ましたが、ズッシリとした黒が印象的。
それでいてマッチョな汗臭さではなく、優しくおおらかな80年代な雰囲気。
展示のテーマになってる「SERIOUS PLAY」については、下記の関連記事のTED動画を見るとよくわかるかもです。
【関連記事】ポーラ・シェア 『本気(serious)のグラフィックデザイン、真面目(solemn)のグラフィックデザイン

2つのUIデザインが表示されて、どちらのUIデザインが「正しい」のかを選ぶゲーム。
わりと主観的な「正しさ」なのでここで紹介されているのがUIデザインの絶対ルールだと誤解しない方が良いですが、2つのデザインの違いを見極めるのはなかなか難易度高いものもあります。
視覚を鍛えて、精進します。
制作したのはソフトウェアエンジニアのAlex Kotliarskyiさん
元記事はこちら
Test your UI design skills with this addicting game >>
2018年に公開されたディーター・ラムスのドキュメンタリー映画のオマケ映像らしいです。
ご本人のナレーション。音楽はドキュメンタリー映画と同じでブライアン・イーノのようです。
美しく、シンプルで、力強いメッセージの映像。
胸に刻んでおきたいです。

海外では、ヨーロッパのGDPRにふさわしい分析方針が求められているようです。
「私は、個人データではなく集約データが必要だという結論に達しました。それは行われた行動の合計を追跡しますが、人については何もしません。」
「人、訪問者、またはブラウザのユーザーは、追跡されたくないと言うことができるはずです」
「Google がGoogle Analyticsをリリースしたとき、世界の一定の割合が同じテクノロジを望んでいるが、集中型の企業から提供されていない分散型のテクノロジであることが望ましいことは明らかでした」
国連、アムネスティ、NASA、欧州委員会、そしてその他約150万のWebサイトがMatomoを使用しているそうで、MatomoはGoogle Analyticsの約95%のことができるそうです。
オープンソースの分析プラットフォームの一部は有料サービスのようですが、無料の分析が無責任な振る舞いをしてるなら有料も検討すべきなのかも。
サイト分析で個別ユーザーの行動を細かく知りたいという考え方は昔の顧客管理システムから来ているのかも。
WEBの場合はユーザーを個別に追いかけるのではなくて、別の視点がある気がします。
英国の芸術大学 ロイヤルカレッジ オブ アート は、今後はテクノロジーのカリキュラムを拡大するそうです。
RCAにはいまも充実したエンジニアリングのカリキュラムがあるそうですが、さらに深く総合的な教育体系を構築する方針のようです。そこに英国政府が7100万ドルの資金を提供することになりました。
複雑になったこの世界で、こらからのデザイナーが取り組むべき課題のためには、テクノロジーやサイエンスの訓練を受けなければならないそうです。MITなどの工科大学がデザインのカリキュラムを取り入れるのではなく、伝統的な美術・芸術のRCAがテクノロジーのカリキュラムに取り入れるということが大きな変化だというわけです。
具体的には、都市計画とかデジタルストーリーテリングなどのカリキュラムが計画されてるようです。
そういうカリキュラムの美術大学ならぜひ勉強し直したい。
日本の美術大学もそういうカリキュラムになってるのかな?
元記事はこちら
The design school of the future is nothing like the one you went to >>

おもしろい記事です。よくまとめてくれて感謝です。
ジェネレイティブ・アートの概念が20世紀のアートのテーマに根差していることは、なんとなく解っていましたが、こうして説明されるとあらためて納得です。
ジェネレイティブ・アート鑑賞のためのガイドとしてもよい記事だと思います。
そして21世紀になって、デジタルとネットはすっかり身近になりました。
制作の敷居がずっと低くなったジェネレイティブ・アートの作品の価値が、これからさらに増すことはないかもしれませんが、はじめてデッサンの勉強を始めたときのような、あたらしい知識と技能を手探りするようなおもしろさがあります。
身に付くまで時間が掛かりそうですが、自由自在に使えたらとても楽しそうです。

Google翻訳をリニューアルするにあたって、ユーザー調査などのフィードバックを受けながらも安易な折衷主義にならないようにしていたようです。その過程が紹介されています。
とにかくユーザーのフィードバックやA/Bテストの結果に準じて段階的にデザインを進めたようですが、そこに新たな何かを盛り込もうとしなかったのは賢明だと思えます。
一方で、使われていない機能にユーザーを誘導しようとする試みについても紹介されています。
この試みではデザインはユーザーの同調を得られずに試行錯誤しながらも、小さな変更でユーザーを導こうとしているようです。
ずっと昔に、デザインをするときに大切なのは「最小の手数で最大の効果」を考えることだと教えられました。
そういう点でGoogle翻訳のUIのデザインプロセスは参考になりそうな気がします。
「アイスブレイカー」という身体のジェスチャーとウェブサービスの機能を関連づけるのは(あまり使うことはなさそうですが)いいヒントになりそう。
こういう機能だけのウェブサービスのUIデザインは、いつかやってみたいです。
網膜で個人認証されてパーソナライズされた広告が名指しで呼びかけてくるような未来は、やっぱり訪れないようです。自分たちの生活環境を破壊してくるようなメッセージは逆効果だと誰もが気づきはじめているそうです。
いい未来かも。
自分の精神衛生のために普通の人たちがデジタルデバイスと距離を置くようになる・・・。
2019年はそういう行動が一般的になるのかも。
元記事はこちら
Why the Future of Marketing Doesn’t Look Like Minority Report | Muse by Clio >>
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