Posts Tagged ‘ワークスタイル’

『ロンドングラフィックデザイン展』 グラフィックデザインのダウンサイジング

月曜日, 8 月 23rd, 2010

ロンドングラフィックデザイン展

http://www.parco-art.com/web/factory/ukok1008/index.php

『UK?OK!』の展示を渋谷パルコに見てきました。
1980年代のネヴィル・ブロディから始って、年代ごとに見てゆくことができました。

展示の意図とは関係なく感じた事ですが・・・80年代、90年代のデザイナーのワークスタイルと00年代以降のデザイナーのワークスタイルにおおきな違いがありました。
80年代、90年代のグラフィックデザイナーが大きめの規模のスタジオを足場にして、大人数で仕事を進めるのに対して、00年代以降のグラフィックデザイナーはスタジオも人数も最小限でミニマルに仕事していくことを選んでいるようでした。
DTPの高性能化やインターネットの普及などが背景にあるのですが、まるで小さな工房で工芸作品を作ってるかのような印象でした。それが “良い未来” なのかどうか、自分でもハッキリとわかりませんでした。

90年代にDTPが普及し始めたころ、グラフィックデザインは小規模になっていくことが予想されていましたが、不景気がグラフィックデザインの ”ダウンサイジング” を後押ししてるようです。
00年代からダウンサイジングしていくワークスタイルは、グラフィックデザインを “内向き” なものにしていった感じがしました。それは作品自体にもあらわれているようでした。
そういったグラフィックデザインもまた “時代の空気” を反映しているのでしょう。

もしかしたら、グラフィックデザインの役割が80年代、90年代とは大きく変わってきたのかもしれません。

なんか、いろいろ考えさせられる展示でした。

自分と似た少数の人と深く関わるよりも、自分と違う大勢の人と浅く関わるほうが良いらしい。

月曜日, 8 月 9th, 2010

自分と似た少数の人と深く関わるよりも、自分と違う大勢の人と浅く関わるほうが良いらしい。

http://wiredvision.jp/news/201008/2010080623.html

多様な人的ネットワークをもつビジネスマンは成功するって話です。
自分と違う経歴、バックグラウンドをもつ人と交流すると、広い発想や効果的な情報が得られる。
なるほど、異業種交流会とか、そのためなんでしょうね。

人は無意識に自分と似た人を探して、密接な関係を築こうとするそうです。

自分と似ていない相手に気が引ける気持ちはよくわかります。
自分が嫌な思いをしないか、相手を嫌な気分にさせないかを気にかけてしまうこともあるでしょうし、最初から興味がないからかもしれません。

自分と違うバックグラウンドを持つ人、自分の知らない世界の人と関わるときに大切なのは「理解すること」だと言われます。
ここで大切なのは相手を理解するだけでなく、自分を理解することも大切だそうです。
自分を理解できていないと、関わり合いを持つのは難しくなるし、過剰な迎合が起きると自分が苦しんだりしそうです。

これから『ソーシャルメディア』が盛り上がってくると、こういう研究はもっと注目されるかもしれません。
これは『検索』の次の大きな流れなのかも。

こういうのは、これからもっと話題になる機会が多くなりそうな気がしてます。

『Gigazine』が記者・編集者を募集 募集に至る経緯は身につまされる

月曜日, 8 月 2nd, 2010

『Gigazine』が記者・編集者を募集

http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100802_gigazine_job/

高い意識を持って仕事に取り組めるプロダクションなら、そんなことはないかもしれませんが・・・。
この募集の『募集に至る経緯』の内容は、ここ数年の制作プロダクション事情にも共通することで、自分の取り組む仕事に対しての意識の低下は、多くの業界で見られることではないでしょうか?
その意識の低さが、能力の低さになり、能力の低さを正当化する行為につながる悪循環です。

自分自身も思い返して反省するところがあります。

でも、こういった『募集に至る経緯』を経営者・管理者が正直に発信できる環境があることは、健全なことかもしれません。

個人的にも『時給換算』で仕事を測るのはクオリティの低下と意識の低下を招くもので、反対です。
『時給換算』は、経営者にとって管理しやすいシステムなだけで、仕事の効率化や質の向上に寄与することはないと思います。

最近のCIデザイン、20選 デザインのための大切なプロセスについて

月曜日, 7 月 26th, 2010

最近のCIデザイン、20選

http://bestdesignoptions.com/?p=11114

最近、ロゴや会社案内をデザインするときに「その会社にふさわしいアイデンティティ」をデザインするためには、長い時間をかけて試行錯誤する必要があることを感じます。

会社の関係者や事業の当事者と話して、そのビジョンやキャラクターを明確にしていく、長いプロセスが必要な気がしています。(大企業とかは、そうしてるんでしょうか・・・)

最近とくに、造形としてのデザインを裏付けるものを、ディスカッションの中から見つけ出すことが、デザインにとって大切なプロセスなのだと感じます。

デザイナー自身がそのプロセスを億劫に感じたり、デザインを依頼する側が受け取ったデザインを添削するだけの仕事をしている環境では「ふさわしいデザイン」が創造されることはないでしょう。

デザインは、結局、人との関係の中で創造されていくものなんですね〜。
そういう造形以前のデザインプロセスにも、ちゃんと費用が発生するようになったら良いんですけどね。

東京発の手作りの靴「ピオネロ」

金曜日, 6 月 25th, 2010

東京発の手作りの靴「ピオネロ」

http://pionero.jp/

味わい深いデザインです。靴職人さんの手仕事だと思うと愛着も湧きそうです。

デザインして、モノをつくって、人とつながる という活動の美しいケースだと思います。
それは、職人さんの技術に裏付けされて、買う人の愛着に支えられて成立しています。きっと。

不特定多数に向けて大量にモノをつくる時代が終わって、
必要としてる人に向けて、適正な数を、責任を持ってつくる時代になってることを
あらためて感じます。

そこには買う人の責任もあるのかもしれません。
デザイナーの活動の根底の部分にかかわる事例な気もします。

なぜかノスタルジックな「ロシア構成主義のまなざし」東京都庭園美術館

月曜日, 6 月 21st, 2010

「ロシア構成主義のまなざし」

http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/rodchenko/index.html

年代が近いこともあって庭園美術館の建築の中で見るロシアアヴァンギャルドの展示は、いい取り合わせでした。

個人的には1987年に西武美術館で開催された「芸術と革命II展」を思い出しました。
大々的な展示だったと記憶しています。
当時は何もわからないまま、デザインの力強さに憧れていました。
長い間、ロシアアヴァンギャルドやロシア構成主義は、自分の中で無意識に “お手本” になっていたように思います。

時がたって今回「ロシア構成主義のまなざし」を見て、すっかり違って見えました。
当時のロシアの社会の大変革の時代を生き抜いてゆこうとする芸術家とデザイナーの逞しさを感じました。
ロシア帝国から社会主義に大転換する不安定な社会の中で、これからの時代にふさわしい芸術、デザイン、文化を創っていこうとモーレツに働いていたのだと思います。
王侯貴族の文化から民衆の文化への急速な大転換のなかで、決して裕福ではなかったであろう当時の “クリエイター” たちは絵画、広告、グラフィック、舞台美術、建築とあらゆる分野で仕事をしていました。それは彼らが生きてゆくためでもあったと思います。
それは「芸術と革命II展」の頃には思いもしなかったことです。
その生き様は、ほぼ100年後の世界に生きているデザイナーとして、あらたな “お手本” になりました。

と同時にこの100年前の芸術運動の作品たちは “いま生きているものではない” こともハッキリと感じました。
この芸術運動の作品は革命の記録として膨大に残された資料があったからこそ、現代に語り継がれているのだと・・・
当時発達し始めた大量印刷の技術と広域輸送網は、革命思想と合わせて、この芸術運動を広めたのだと・・・
そういう考えが浮かんできました。

当時のような 伝え広める思想はなく、救う対象もないデザインは、これから社会の中で、どんな役割を果たすでしょう。
100年に一度の大変革が起きているのかもしれません。

エディトリアルデザイナーとWebデザイナーが協力して電子書籍をつくる

月曜日, 6 月 21st, 2010

エディトリアルデザイナーとWebデザイナーが協力して電子書籍をつくる

http://admn.air-nifty.com/web_design/2010/06/file-574web—1.html

リンク先の音声ファイルの内容、まったく同感です。
エディトリアルデザイナーとウェブデザイナーが協力して電子書籍を創ってゆくのは、良い方法だと思ってます。

個人的な経験からしてもウェブ制作のプロデューサー/ディレクターはワークフローのシステム化が大好きです(笑)
しかしながら、多くのウェブデザイナーにとって未知の領域であるエディトリアルデザインに踏み込むならば、安易に合理化を図ってシステム化するよりも、お互いの領域の仕事についてその仕事に関わるデザイナーが深く理解することが大切だと思います。

「無駄」と思える事を盲目的に削除して「早くできる」「安くできる」だけのシステム化にならないようにしてほしいです。そういうふうにシステム化された環境では、領域の違うデザイナー同士が互いに敬意を持って相互理解を遂げることはできないはずです。

エディトリアルデザイナーとウェブデザイナーが本当の意味で協力できるなら、書籍や雑誌を「HTML化する」「epubにする」「アプリにする」 というだけでない、電子出版の豊かな実りを享受できるようになると考えています。

共通のツールは、やっぱり inDesign なんですかね。

ワークショップを計画しているようで、そちらにも期待しています。

アップルのiAdで儲けるには・・・

木曜日, 6 月 17th, 2010

アップルのiADで儲けるには・・・

http://fladdict.net/blog/2010/06/does-iad-feed-me.html

上のURLの記事でクリック回数や金額などを踏まえて考察されています。
あまり詳しくないボクの印象では、かなりハードル高そうですね~。

ボクはアプリ開発はできないですが、開発者の人にとって「チャンス」と言えるようなものなのでしょうか?
おびただしい数の無料アプリが登場するでしょうし、小さな分け前をむしり合うようなことになりそう。

GoogleやYahoo!や楽天のそういったサービスも “参加者” が儲かる事は稀ではないでしょうか。
こういうビジネスには、ちょっと疑問を感じてしまいます。

参加者(iAdでは開発者)が戦略考えて試行錯誤しているうちに、だんだん奴隷になってるかも。

“いいアプリをつくれば、それでいい” と単純に考えていければ、幸せも見えてくるのでしょうか。

極私的な、ダメな職場の見分け方

火曜日, 6 月 1st, 2010

極私的な、ダメな職場の見分け方

就職活動をする人のお役にたてればと思いまして・・・。
極論暴論ですが、思い切って書いてみようかと。

『机やイスが安モノ。』
デザイナーの仕事や職能を大切にしない傾向があるような気がします。

『社長、役員、管理職などに同じ姓(親族)の人間がいる。』
同族経営が一概に悪いとは言えませんが、弊害があるとすればその弊害は職場で働く社員に及ぶ場合が多い気がします。

『同僚や協力会社の人間をあだ名で呼ぶ。』
親しみである場合は良いのですが、相手に敬意を持たない態度を容認する職場環境はトラブルが多くなると思います。

『壁に自己啓発的な内容の張り紙がある。』
こういう張り紙がいたるところにある場合は要注意です。

『神棚や祭壇のようなものがある。』
特殊な場合を除きます。

『オフィスに本がない。』
情報収集などをネットだけに頼ると企画力が低くなると思います。

『社長室が豪華。』
社長室だけが豪華に見えたら大問題です。

『オフィスで社員がスリッパを履いている。』
意外ですが、これは職場環境が悪化するはじまりだそうです。

『トイレが汚い。』
聞いた話ですが、会社の業績が下がり職場環境が悪化すると、まずトイレが汚くなるそうです。

日本初のフリーランスWebクリエイターネットワーク

月曜日, 5 月 31st, 2010

日本初のフリーランスWebクリエイターネットワーク

https://www.ficc.jp/free/

登録制のWebクリエイターネットワークだそうです。
似たような仕組みは、他にもあるかと思いますが、これはクリエイターの味方になってくれそうな感じがします。

フリーランスで活動する人が抱える問題は、共有しにくくて世の中から見えなくなってしまいがちだと感じています。そういう点が改善されていく機会になれば、いいなと思います。

クリエイターに限らずフリーランスの人が、弱い立場に立たされて不当な仕事に甘んじたりしないような仕組みをつくることは、社会全体を良い方向に変えてゆくことにつながると思っています。